「お笑いのある世界に生まれてきてよかった」〜又吉直樹『人間』を読んで〜
--お笑いがある世界に生まれてきてよかった。
キングオブコント決勝の生放送中に生まれたこのフレーズは、2019年のお笑い界に大きな衝撃を残すものになった。
詳細はご存知の方も多いはずなので今回は割愛。
大げさな話だが、9/21以降私自身それを顕著に感じる場面が多くなっている。
こんなこと言える立場ではないので、失礼だとも取られてしまいそうだが、ふとこんな考えが芽生えたので拙いなりに文章で残しておきたい。
10/10に、ピース・又吉直樹の小説『人間』が上梓される。
Twitterを見ていたら、最近私がずっと追い続けている講談師・神田松之丞と又吉直樹が対談するとのことで、この小説の存在を知った。
小説の公式Twitterアカウントを見てみると、プルーフ版プレゼント企画というものが行われていたので、軽い気持ちで応募する。
これが、なんと当選したのだ。
すぐに、編集部からプルーフ版が送られてきた。普段書店で手に取る単行本とは表紙から材質から違っていて、なんだか誇らしげな気分になった。
グウタラ生活の合間を縫い、活字と向き合う時間を設けて、さも高尚なことをしているかのような顔でカフェへ足を運び、カバンから分厚い本を取り出し、長編を読んだ。
少々時間はかかったものの、読み切った。
このタイミングで読めたことに、そこはかとない感慨深さを憶えた。
内容は、私の拙い言葉では伝えきれないので、是非読んでもらいたい。
すぐ小説の世界に惹かれていったものの、どこか醒めた目で見ている自分もいた。
自分自身とほんのり似たようなことを考えている人の言葉に触れて、のめり込んでいくほどに共感は深まれども、紡がれる言葉があまりに刺さりすぎて実際には距離を感じる場面も多かったのだ。
いくら読んでも、本当の意味で理解はできないのではないかと思ったり。
でも、ピース又吉のことを考えたときにふとこんなことを思うようになった。
--これを書いたのは、あの、"妖怪"のコントを作った人なんだ。
妖怪のコントとは、キングオブコント2010決勝において、ピースが披露したネタである。
これに関しても、詳細は省くので知らない人はなんやかやしてほしい。
私はこのコントがとにかく好きなのである。セリフや細かいディティールを思い出してはクスッとして、同時に心がキュッとなる。
特に好きなのは、男爵が妖怪のためにビニール袋を取り出すところだ。わかってくれる人がきっといるはず。
こんなふうに書いておいて恥ずかしいのだが、処女作の『火花』を読むまでは、私とピースというコンビや又吉直樹という芸人との接点はそれくらいしかなかった。
だから、単に一つのネタだけ気に入っていたというだけなのである。
それだけのことなのだが、本を読むときに"妖怪"のネタのことを考えるだけグッと距離が縮まった。これも、"気がする"程度のことだが。
又吉直樹という人を芸人としてだけでなく、また作家としてだけでもなく、今の形で笑いと言葉に触れられて本当に良かったなぁとしみじみ思う。
『人間』は、正直読むのが辛い部分もあった。"妖怪"とは真逆といってもいい。
ただ、実際に体験していなくても想いを馳せるだけで胸がギュッとなる感覚は、根底では似ている。
300ページ以上の小説と5分のコント。表現方法とその中で感じることは違うけれど、出口は同じかもしれない。
『人間』の言葉と又吉直樹という人間を結びつけてくれるのは、私にとっては"妖怪"のネタだった。
そこになんら関連性がなくても、その世界にいられるだけでいい、なんて大仰なことも思ったりする。
どちらにも出会えてよかったなぁ、なんてことをほんのり考えていた時、またふとこの言葉が頭をよぎる。
--お笑いのある世界に生まれてきてよかった。
もちろん、その言葉を発した空気階段・水川かたまりにも感謝している。
空気階段についてはまた、どこかで書き留めたい。